コンサルタント手記転職とは、人生を選び取るということ。
これは、医師の転職を導いたコンサルタントが経験した、
本当にあった物語。
Episode 92伝わった熱意(上)2009年03月15日 コンサルタントO
日頃から非常勤医師の紹介で懇意にして頂いているR病院の担当の方から電話があった。いつもの依頼かと思い、挨拶をした。しかし、先方の声色はいつもとは明らかに違っていた。
「Oさん、実はえらく困ったことになりまして」と切り出された。糖尿病専門のドクターをお願いしたいという唐突な相談であった。
R病院は院長先生の号令のもと、糖尿病治療に力を入れてきた。5年前には「糖尿病センター」を、3年前には「透析センター」を開設した。
糖尿病の予防、早期発見、そして治療に取り組んでいる急性期病院である。その糖尿病センターで外来を担う医師が、開業のため、突然退職を表明した。しかも退職時期は半年後だという。ただちに、院長先生を始めとするスタッフが大学に派遣要請を行ったが、週に1回程度の応援が精一杯という返事しか得られなかった。そこで当社への依頼となったのだった。
ご依頼は誠に有り難いが、一般的に糖尿病の専門医はそれほど多くない。当社に登録頂いている先生もごく少数で、すぐの紹介は難しい。しかし、会話の最中にT先生の名前が浮かんでいた。
私は、「とにかく当たってみます」と、T先生の名前を出す事なく電話を切った。
すぐさま、思い当たったT先生に電話をし、R病院の切迫した事情を説明して転職を勧めたが、やんわりと断られてしまった。しかし、それは思っていた通りの反応であった。
なにしろ、このT先生もご多聞にもれず、大学病院や中核病院を渡り歩き、外来、病棟、当直、そしてオンコールとハードな勤務を今までされてきたのだ。そして現在はクリニックの副院長として、内科の外来に傾注されている。「良い条件が揃えば転職してもよい」との話は以前から伺っていたのだが、R病院の名前を出した時点で過去の辛い勤務の記憶が蘇ったようであった。しかし、私は多少の手応えを感じた。
後日、R病院にそのやりとりを伝えたところ、病院から「その先生、なんとかなりませんか」と懇願された。その時点では断りの報告しか出来ない状態であったが、院長先生にアポイントを取り、病院の熱意を伺い、そしてまた、T先生の気持ちが動くような条件を引き出す事にした。
コンサルタントとしての仕事がいよいよ始まった。
「いつもお世話になっております」と、担当の方に挨拶をした。日頃から取引をさせて頂いているものの、お会いするのは初めてだった。先日の電話でも伺ったが、糖尿病に重きを置く病院の方針をもう一度確認した。中核である糖尿病センターの外来担当医師が抜けるというのは確かに痛手であろう。他の医師を代診に充てることも視野に入れていたが、専門でない以上、患者さんへ与える影響も危惧されるところだ。
担当者との話の途中で、理事長でもある院長先生が入ってこられた。「いい先生がいたら、お願いするよ」と、意外に素っ気ない。一介の民間紹介業者に頭を下げるというのもおかしいが、本当に困っているのかなという気がした。
病院を出て、昼食をとろうとラーメン屋に入るとそこで再び、院長先生に出会った。緊張しながらご一緒させて頂いたのだが、ご馳走してくださったうえ、「頼むよ」との一言まで頂戴した。「なんとかしなければ」とあせる一方で、T先生に最初に電話した時の手応えにも自信があった。
その根拠としては二点あった。一つは通勤時間である。勤務先であるクリニックまでの通勤時間は1時間40分で、冬場はまだ暗いうちにご自宅を出られているという。ところが、R病院までだと余裕をみても30分ほどだ。
もう一つは糖尿病専門医としてのT先生の熱い気持ちである。クリニックでは、T先生の専門性が十分発揮できていないことを洩らしておられたが、R病院であれば糖尿病センターの専門外来での勤務である。T先生の力は必ずや発揮できるであろう。私はT先生と院長先生の面談の機会を作ろうと考えた。
とはいえ、T先生の急性期病院への拒否反応は強い。その点をどうクリアし、T先生の必要性を条件面で表現するのかということが最大の課題であった。