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武藤正樹 医師

国際医療福祉大学三田病院副院長・国際医療福祉総合研究所長
国際医療福祉大学大学院教授・(株)医療福祉経営審査機構CEO
(日本ジェネリック医薬品学会代表理事)

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2007/12/20
公開分

ブルックリンの想い出~その6~
静注麻薬患者(IVDA)

ブルックリンのクラークソン通りのキングスカウンテイ病院A13病棟。いまだに病棟の名前を覚えているくらいだから、よっぽど印象に残ったのだろう。ブルックリンに留学中のこの病棟のローテーションは忘れられない。A13病棟は囚人病棟なのだ。キングスカウンテイ病院は州立病院で、囚人病棟を抱えている。日本では病気の受刑者を収容するのは、全国数箇所の医療刑務所だが、米国の場合、州立病院の病棟の一部が医療刑務所になっている。
最初にA13病棟に足を踏み入れたときのことはいまだにはっきりと覚えている。3重の鉄格子つきのドアを入ると、病棟の入り口の前室に砂をためた鉄容器がおいてある。猫のおしっこ場のようだ。看守に聞くと「ときどき不発弾があるので、ここで拳銃の試射をするんだ」とのこと。確かに看守はみな拳銃を装着している。
病棟に入る前にオリエンテーションで注意されたことは、「囚人の7割は静注麻薬常習者(Intravenous Drug Abuser:IVDA)で多くはエイズだから、血液に注意するように」ということだ。レジデントと一緒に回診、そして点滴を入れて回った。
案の定、静注麻薬常習者の血管は静脈炎のためにゴチゴチだ。多くは消毒もしていないインスリン用注射器でヘロイン・コカインの回し打ちをするので、静脈炎をおこす。エイズに感染するのもこうした回し打ちが原因だ。このためニューヨーク市では当時、クリーンな麻薬静注用シリンジを麻薬常習者に配っていたくらいだ。
静脈炎ぐらいならいいのだが、ときとして心内膜炎を起す。たいてい黄色ブドウ球菌による心内膜炎だ。ブルックリンの麻薬常習者で心雑音を聞いたら、細菌性心内膜炎とすぐ診断できるくらいに多い。
さて、問題の静脈炎でゴリゴリになった血管に点滴するのに必死になって工夫していたことがある。一度などは何度も失敗して囚人に殴られそうになったことがあるからだ。さて確実に注射をすることができるコツとは? みなさんなんだとおもいますか?静注麻薬患者は自己注射をする。ということは自分で打てない静脈をさがせばいいのです。つまり自分では打てない上腕の外側の静脈に打てばいいのです。

英国版P4P視察記

2007年10月上旬、英国版P4Pの視察にロンドンを訪れた。P4PというのはPay for Performance(医療の質に基づく支払い方式)の略語で、4はforの語呂合わせだ。2000年以来、欧米先進各国でこのP4Pが支払い方式のトレンドになっている。一般にP4Pは臨床指標や患者満足、IT化の指標を測って、成績のよいところに診療報酬上のボーナスを与えるという方式だ。いまでは米国、英国、オーストラリア、カナダなどの英語圏で普及が著しい。この英国版P4Pを見学にロンドンを訪問した。
ひさしぶりに訪れたロンドンは景気が回復して、海外からの資金が流れ込んで、ちょっとしたバブル状態だった。これもブレア首相の10年間にわたる制度改革の成果なのだろうか?それにブレア首相の医療制度改革により、イギリス医療はよみがえりつつあるようだ。とくに低医療費政策を変更し、医療への投資を1.5倍にするという大胆な政策が実施され、これにより医療の質を向上させ、そして同時にGPの収入増をもたらすという英国版P4Pの実現が可能となった。
さて、今回の視察では、開業医(GP)向けのP4Pプログラムである「Quality and Outcomes Framework」(QOF)を見てきた。このQOF(クオーフ)は2004年にスタートした。
QOFでは、次にのべるように10の疾病グループ、146の臨床指標毎に標準的な達成目標数値を設定し、目標を達成すれば成果報酬が支払われるという方式である。この結果、実にGPの収入が年間平均4万ドル、それまでの約30%もの増収になったといわれている。診療報酬のアップ率30%など日本では考えられないほどの改定率である。
さて、10の疾患グループは(1)喘息、(2)がん、(3)慢性閉塞性肺疾患(COPD)、(4)冠動脈疾患、(5)糖尿病、(6)てんかん、(7)高血圧性疾患、(8)甲状腺機能低下症、(9)重篤な長期療養を必要とする精神疾患、(10)脳卒中および一過性虚血発作よりなる。
これらの領域ごとに臨床指標が設定されている。たとえば、冠動脈疾患の臨床指標は以下のように設定され、その患者割合ごとに点数がスライドするようになっている。たとえば「コレステロール値が193mg/dl以下の患者割合」では、患者割合が25~60%の範囲で、最低0ポイントから最高16ポイントまで加点される。「アスピリンなどの抗凝固剤を投与した患者割合」では、患者割合が25~90%の範囲で、最低0ポイントから最高7ポイントまで加点される。「β遮断剤を投与している患者割合」では、患者割合が25~50%の範囲で、最低0ポイントから最高7ポイントまで加点される。「インフルエンザ予防接種率」では接種率が25~85%の範囲で最低0ポイントから最高7ポイントまで加点される。つまり検査値や服薬コンプライアンスを計測してその成績優秀診療所にポイントをつけるという方法だ。そしてこのポイントの合計に対して、ポイント単価(175ポンド)を掛け合わせた診療報酬が支払われるというわけである。
こうしたP4Pの仕組みの導入によって、実際に臨床指標自体の改善も認められた。たとえば2004年と2005年の比較では、開業医グループで計測した臨床指標の改善度をみると、コステロール低下した患者割合が71%から79%と上昇し、アスピリンや抗凝固剤を使用する患者割合も90%から94%と上昇し、β遮断剤使用率も63%から68%と上昇し、インフルエンザ予防接種率も87%から90%と上昇したという。
さて、この実態をサウスロンドンのあるグループクリニックを、ロンドンでは珍しい大雨の中を訪問してきた。このグループクリニックは住宅街にあるこじんまりしたクリニックで6人のGPが働いている。ちょうど訪問したときには子供たちの予防接種で外来は混み合っていた。
われわれが訪問の意図をつげると早速、クリニックの女医のマリーさんが説明してくれた。「まずNHSのインフォーメーションシステムを見せましょう」と言って、電子カルテの前に案内してもらった。「この患者は冠動脈疾患の患者ですが、テンプレートを開けて、この患者が12ヶ月以内に血圧の記録があるかどうかチェックします。また禁煙指導をおこなったかどうかもチェックするわけです。していなかったら電話で呼び出して次の診察の予約をとるわけです。これがポイントになって収入になるわけですから、患者のフォローの仕方が、QOF(クオーフ)導入の2004年前とはだいぶ変わりましたね。」という。
「収入はどうですか?」と聞くと、「このクリニックでは15%ぐらいの増収ですね。増収分はクリニックの人の雇用に当てました。患者を電話で呼び出したりするのにも人手もかかりますからね。QOFのおかげで患者の日常のケアに目が行き届くようになったし、診療の質はあがりましたね。」
「患者データの電子カルテへの入力は手間ではありませんか?」「そうでもないです。テンプレートのチェックボックスを選んでいけば良いので、そんなに手間でもないです。」
「デメリットはありましたか?」と聞くと「QOFではNHSの監査が増えたのが、ちょっとわずらわしいですね」とのことだった。
さて、英国のGPに収入増と、そして臨床指標の改善をもたらした英国版P4PのQOFの今後に注目したい。

写真説明
ジェネリック医薬品のシェア国際比較(2006)
サウスロンドンのGPクリニックで
(左端、著者、右から二人目がGPのマリー先生、
右端がインペリアルカレッジロンドンに留学中の小川さん)